各種予防
予防医学について
動物医療も日進月歩で進歩し,病気の診断や治療成績も以前に比べて格段に向上しています。しかし,正しい予防の知識さえもっていれば,病気そのものを防げることも意外と多いのです。しかも,病気によっては,一旦発症すると有効な治療法がなかったり,慢性経過をとることも少なくありません。
病気の原因が次々と解明されるようになった今日,ヒトでは「治す医療」と同じくらい「予防する医療(予防医学)」が重要視されています。そして「治す医療」は専門家が努力すべき課題ですが,「予防する医療」は専門家による予防医学の研究もさることながら,ご家族や患者本人の理解と協力なしには達成できません。これは動物においても同じです。ご家族の方が,動物と共に楽しく幸せに暮らして頂くためにも,ご自身はもちろんのこと動物達についても「予防する医療」を正しく理解して実践して頂くことを心から願っています。予防医学の普及啓発はホームドクターの責務と考えております。
“百の治療よりも1つの予防が大切!”
感染症(伝染病)
犬・猫の感染症(伝染病)
犬や猫にもいろいろな感染症(伝染病)があります。これらの感染症の中には,感染力が強く,死亡率が高いもの,治癒しても後遺症が残るもの,あるいは一旦発病すると慢性経過をとり一生治癒しないもの,さらには動物からヒトにも感染する動物由来感染症(人獣共通感染症;Zoonosis)も含まれています。
犬や猫における感染症の大半はウイルス性疾患ですが,その多くは今なお特効薬や確実な治療法がありません。ご家族の一員である犬や猫達を,これらの恐ろしい感染症(伝染病)から守るためにはワクチン接種(予防注射)による予防が最も効果的です。すべての感染症についてワクチンが開発されているわけではなく,またワクチンの効果も100%ではありませんが,国内で発生している感染症(伝染病)の多くはワクチン接種を行うことで極めて高率に防ぐことができます。仮にワクチンで発症を完全に防げなかった場合でも軽症ですむことが多くなります。犬猫達を恐ろしい感染症から守るためには,ご家族の方の正しい感染症予防に対する意識と知識が大切です。
これから犬猫の飼育を始める方はもちろんのこと,すでに今お家にいる犬猫達でワクチン接種を受けていない場合には,早めのワクチン接種をお奨めします。
“犬・猫の感染症予防は定期的なワクチン接種が大切です!”
犬のワクチン
狂犬病ワクチン
狂犬病のワクチン接種は,この地域では市町村と協力して春に集合注射を実施しておりますが,動物病院で実施することも可能です。犬における年1回の狂犬病ワクチンは法律で義務づけられておりますので,動物の健康的な理由がない限りは必ず接種して下さい。
近年,近隣諸国で狂犬病の被害が増加しています。日本では1950 年の狂犬病予防法施行以降,今日に到るまで犬における狂犬病は発生していませんが,外国から狂犬病の動物が入ってくる危険性には常にさらされています。ヒトへの感染は,狂犬病の動物に咬まれることで起こりますが,発症すると有効な治療薬はなく致死率がほぼ 100%と大変恐ろしい病気です。
接種時期:生後91日以上の犬では,1年に1回(集合注射は毎年春)
狂犬病予防注射と手続きについて
生後91日以上の犬を飼育されている方は,市町村への登録(初年度のみ)と年1回の狂犬病予防注射の接種が法律(狂犬病予防法)で義務づけられております。これに違反した場合には罰則(20万円以下の罰金)も定められています。予防注射は市町村の集合注射あるいは動物病院のいずれで実施されてもかまいません。ただし,市町村が実施する集合注射以外の集合注射や動物病院で受けた場合には,その場で狂犬病予防注射済票の交付ができない場合があります。その場合には,必ず各市町村の窓口で獣医師が発行した狂犬病予防注射証明書を提示の上,狂犬病予防注射済票の交付を各自で受けて下さい。
※ 最近,市町村や獣医師会とは無関係に開業獣医師が独自に行っている集合注射や個々の動物病院で狂犬病予防注射を受けた犬において,指定獣医師ならびに市町村の発行する狂犬病予防注射済票の交付を済まされていない事例が多く認められ,社会問題となっております。咬傷事故をはじめとする何らかのトラブルが発生した場合,狂犬病予防注射済票の交付を受けていない場合は,狂犬病予防注射を受けていない犬と同じ扱いになる場合がありますので,必ず狂犬病予防注射済票の交付を受けて下さい。
犬鑑札
犬の登録を行うと市町村から犬鑑札が発行されます。犬鑑札は,登録時(登録費用:3000円)に1回のみ発行され,その犬が死亡するまで有効ですので大切に保管管理する必要があります。本来は首輪に付けるように定められていますが,完全室内飼育で首輪を利用しない場合には,分かり易い場所に保管されてもよいかと思います。
登録済みの犬において死亡あるいは所有者や住所に変更が生じた場合には,登録事項変更手続きが必要です。
狂犬病予防注射済票
狂犬病予防注射を接種した際には,狂犬病予防注射済票が発行されます。この済票は,その年度に狂犬病予防注射を受けたことを法的に証明するために必要なものです。市町村または指定獣医師が毎年注射済の犬に対して交付します。交付年度によって記載された年度ならびにプレートの色が異なります。
予防注射済証明書
狂犬病予防注射証明書は,狂犬病予防注射済票が即日交付でできない場合,後で狂犬病予防注射済票の交付を受けるための書類として獣医師が発行するものです。
この証明書は,法律で定める上記の狂犬病予防注射済票の代わりにはなりませんので,すみやかに市町村の担当窓口にて狂犬病予防注射済票の交付を受ける必要があります。
なお,狂犬病予防注射済票の交付に際しては交付手数料として550円が必要です。
犬用混合ワクチン
当院で使用しているワクチン:
当院では混合ワクチンとしては,現時点で最も多価ワクチンである10種混合ワクチン;バンガード5/プラス CV-L4(Zoetis,ベーリンガーインゲルハイム)を主に使用しています。
上記ワクチン接種で予防できる犬の感染症:
犬ジステンパー,犬伝染性肝炎,犬アデノウイルス2型感染症,犬パルボウイルス感染
症,犬パラインフルエンザウイルス感染症,犬コロナウイルス感染症,犬レプトスピラ感染症(血清型カニコーラ,イクテロヘモラジー,グリッポチフォーサ及びポモナ)の10種類の犬の感染症について予防できます。
ご希望により前者5種類のみが予防できる5種混合ワクチン;バンガードプラス5(Zoetis,ベーリンガーインゲルハイム)もご用意しています。
注)ワクチンの種類やメーカーは予告なく変更することがありますのでご了承下さい。
接種時期:
《子犬の場合》
1回目→生後6~8週齢
2回目→生後3カ月齢
3回目→生後4カ月齢以上(以後1年ごとに追加接種)
当院では子犬のワクチンプログラムは上記の3回接種法を推奨しています。
また,成犬では年1回の追加接種と健康診断を推奨しています。
猫のワクチン
猫用混合ワクチン
当院で使用しているワクチン:
当院では現在,猫用 3 種混合ワクチン;ピュアバックスRCP(Zoetis,ベーリンガーインゲルハイム)と猫用 4 種混合ワクチン;ピュアバックスRCP-FeLV(Zoetis,ベーリンガーインゲルハイム)および猫用 5 種混合ワクチン;ピュアバックス RCPCh-FeLVを使用しています。
注)ワクチンの種類やメーカーは予告なく変更することがありますのでご了承下さい。
上記ワクチン接種で予防できる猫の感染症:
ピュアバックスRCP(3 種混合)
猫伝染性鼻気管炎,猫カリチウイルス感染症,猫汎白血球減少症の3種類の猫の感染症が予防できます。
ピュアバックス RCP-FeLV(4種混合),ピュアバックスRCPCh-FelV(5種混合)
3種類混合ワクチンで予防できる感染症に加えて4種混合では猫白血病ウイルス感染症,さらに5種混合ではクラミジア症を予防できます。
完全屋内飼育ができない場合や屋外の猫と接触する可能性がある場合には白血病ウイルス感染症の予防効果のある5種混合ワクチンの接種を推奨しています。なお,白血病ウイルス感染症予防が含まれるワクチン接種を初めて受ける猫については,接種前に血液検査によるウイルス検査が必要です。
接種時期:
《子猫の場合》
1回目→生後8週齢
2回目→生後10~12週齢(以後1年ごとに追加接種)
《成猫の場合》
初めての接種の場合のみ2~3週間の間隔で2回接種
(以後は1年ごとの追加接種)
猫の場合には,子猫・成猫のいずれも初回接種時には2回接種を行います。その後は1年ごとの追加接種と健康診断を推奨しています。
ワクチン接種前の注意
ワクチン接種を受けられる場合には,以下の点にご注意下さい。
ワクチン接種後の注意
フィラリア
犬のフィラリア症
フィラリア症(犬心臓糸状虫症)は,犬フィラリアと呼ばれる血液内寄生虫の感染によって起こる慢性経過をとる病気です。
フィラリア症の発生は,近年では予防薬の普及により激減し,都市部ではすでに過去の病気といわれていますが,地方においては未だに少なくありません。全く予防を行っていない犬におけるフィラリア感染率は極めて高く,特に屋外飼育の場合には,3年程で高確率にフィラリアに感染してしまいます。フィラリア症の病態や症状は,感染の程度や感染からの年数によっても異なりますが,通常は慢性経過をとり徐々に右心不全が進行し,多くの場合,犬の寿命を半減させてしまいます。時には急性経過をとるベナケバシンドローム(VCS,別名;大静脈症候群)を発症することもあります。不幸にしてフィラリア症にかかってしまった動物に対しては,適切な治療を行うことで,ある程度の回復が期待できますが,すでに心不全に陥った動物では完治させることはできません。
犬の寿命を半減させてしまう恐ろしい犬のフィライリア症は,正しい予防で100%防ぐことが可能です。
“フィラリア予防は愛犬家の常識です!”
猫のフィラリア症
犬フィラリアは本来は犬科の動物に寄生する寄生虫ですが,これまでの研究や調査によって猫においてもある程度の注意が必要であることが解りました。
猫におけるフィラリア症の症状や経過は,犬とはかなり異なります。しかも生前診断が難しい上,犬のように有効な治療方法が確立されておらず,死亡率が極めて高いのが特徴です。確実な診断法がなく,有効な治療法もないことから,愛猫を確実にフィラリアから守るためには,現在のところ予防以外に方法がありません。
健康な猫におけるフィラリアの感染には,フィラリア子虫の大量感染が必要であるために,蚊に刺される機会が少ない環境で飼育されている場合には,必ずしも予防の必要性はないと思われます。しかし,フィラリア感染犬が多い地域や免疫不全を起こしやすい猫白血病ウイルスや猫免疫不全ウイルス(いわゆる猫エイズウイルス)に感染している猫においてはより注意が必要かと思われます。なお,猫においてフィラリアの感染が疑われる場合には,血液検査のみでは感染の有無を確実にすることが困難な場合が多く,臨床症状の確認と超音波検査ならびにエックス線検査等が必要となります。
“猫もフィラリア症にかかることがあります!”
フィラリア予防法
フィラリア予防の方法
フィラリアの予防は,予防薬を定期的に投与することで100%の効果が期待できます※注1。フィラリアの予防薬は,蚊の吸血時に動物に感染したフィラリア幼虫が皮膚や皮下組織内に潜んでいる間に駆除するフィラリア幼虫駆除薬です。感染初期のフィラリアの幼虫を定期的に駆除することで,フィラリア幼虫が成長しながら最終的に心臓や肺動脈内に進入して成虫になるのを防ぎます。
※注1:虫除けランプや蚊取り線香のみで,フィラリアの感染を完全に防ぐことは不可能です。
フィラリア予防薬
フィラリア予防薬には,犬では内服薬と外用薬(液剤)※注2および注射薬※注3があります。フィラリア予防薬の中にはフィラリア予防以外に,回虫や鉤虫といった消化管内寄生虫の駆除効果があるものもあります。フィラリア予防薬は,基本的には極めて安全性が高く,健康な動物では副作用の心配もほどんどありません。当院では犬では内服薬,猫では内服薬と外用薬を取り扱っています。
※注2:外用薬については,ノミ駆除薬とフィラリア予防薬を混合した製剤です。犬用と猫用にそれぞれの製剤があります。
※注3:当院では使用しておりませんのでご了承下さい。
予防薬投与量と投与時期
フィラリア予防薬の投与量は,犬の体重によって異なります。また投与時期については注射薬以外の予防薬では,蚊の活動時期の違いにより地域によっても多少異なります。
当院では犬では5月上旬から12月上旬まで1カ月毎に合計7~8回,猫では6月下旬から11月下旬までの計6回を推奨しています。
100%の予防効果を期待するためには,投与時期や投与回数,投薬量を正しく守って頂くことが極めて重要です。
予防薬投与時の注意点
●正しいフィラリア予防で効果は 100%!
消化管内寄生虫
消化管内寄生虫の感染状況
犬や猫に寄生する消化管内寄生虫や消化管内原虫の種類は少なくありません。当院における過去の統計で 1989 年~2003 年の 15 年間における,消化管内寄生虫や原虫が認められた動物は延べ約 3400 件で,そのうち下痢などの明らかな臨床症状を示していた動物は,全体の 13%と意外に少なく,残りの 87%の動物は寄生虫や原虫を保有していても無症状でした。さらに過去 32 年間で消化管内寄生虫や原虫が認められた動物は延べ 8000件以上で,その内2010 年~2022 年の 13 年間では約 1500 件と近年においても年間 100 件以上の感染が認められています。
無症状であったものの多くは,幼齢・若齢時の検便や定期的なワクチン接種あるいは不妊手術前の糞便検査で寄生虫卵や原虫が確認された動物です。これら犬や猫に認められる寄生虫や原虫の多くは,犬や猫から直接的ではないにしてもヒトにも感染する危険性があり注意が必要です。動物の健康管理においてさらには公衆衛生的にも,定期的な糞便検査による消化管内寄生虫検査や駆除あるいは予防が大切です。なお,これはヒトと共に暮らす,犬猫以外のすべての動物についても同様です。
“あなたのペットのお腹の中には虫は本当にいませんか?”
消化管内寄生虫の病害性
犬や猫に寄生する消化管内寄生虫や消化管内原虫の多くは,感染が認められても常に明瞭な症状を示すわけではありません。寄生する相手(宿主)から栄養をもらって生きているわけですから伝染病のように相手をすぐに殺してしまっては,もともこもありません。しかし,多数の寄生虫が感染したり,複数の種類の寄生虫が同時に感染したり,あるいは宿主となる動物の体力が落ちている場合や何か別の病気があったりすると事情は異なります。若齢動物や老齢動物では,体力がないため寄生虫の感染により重篤な症状を発症したり,時には命取りとなることもあります。また,寄生虫による栄養状態の悪化は,免疫力の低下にもつながり,別の病気を引き起こし易くなったり,悪化させたり,病気の治癒を遅らせるなどの原因にもなります。
多くの消化管内寄生虫に共通する症状としては,削痩,食べても太らない,あるいは毛づやが悪いなどといった栄養状態の悪化が一般的です。さらに深刻なものでは,下痢,血便,嘔吐あるいは腹痛といった消化器症状が認められます。中には下痢ではないけれども便の最後に少し血が混じるとか,便の色が黒くなったりすることもあります。なお,重症例では貧血が認められる場合もあり,特に鉤虫は,1匹で1日0.8mlもの出血を引き起こすため,感染した動物は貧血を起こし易く,慢性化すると鉄欠乏性貧血と呼ばれる極めて深刻な病態になることもあります。
“子犬や子猫では消化管内寄生虫で死亡することも!”
消化管内寄生虫の感染源と感染経路
消化管内寄生虫の感染源および感染経路は,虫の種類によって異なります。最も多い感染経路は経口的な感染です。この場合に成熟卵,外界で卵から孵化した感染能力をもつ幼虫,あるいは寄生虫の幼虫を保有する中間宿主などが感染源となります。鉤虫や糞線虫などは,感染幼虫が皮膚や粘膜から経皮的に感染することもあります。また,回虫や鉤虫では,その幼虫が胎盤を通じて胎児(胎盤感染)に,あるいは乳汁を介して授乳期の子犬や子猫に感染(乳汁感染)することもあります。
“消化管内寄生虫の感染ルートは1つではありません!”
消化管内寄生虫の検査
動物の消化管内寄生虫の検査は,主として検便によって主に虫卵や原虫のシストあるいは虫体を顕微鏡で確認する方法で行います。ただし,最も簡易な直接法とよばれる虫卵検査は,米粒程度のほんのわずかな糞便中に虫卵や原虫がいないかどうかを確認するものであるため,虫卵や原虫の絶対数が少ない場合には検出できない場合もあります。また,寄生虫が感染していても産卵していなければ,虫卵検査は陰性となります。このため,寄生虫が多い地域や若齢時の動物では,1回の虫卵検査で陰性であったとしても,繰り返し検査を受けるとともに,集中法などのより感度の高い消化管内寄生虫の虫卵検査を行うことが大切です。特に子犬や子猫では,寄生虫が感染するような場所に連れ出さなくとも,母親からの胎盤感染や乳汁感染により寄生虫を保有している可能性があります。このため,子犬や子猫では,生後1カ月齢時頃からその後のワクチン接種時などの際に繰り返し検査を受けることを推奨します。
なお,犬条虫(別名:瓜実条虫)の場合には,糞便中に虫卵を排泄せず,虫卵を含んだ片節とよばれる虫体の一部が排泄されます。このため,病院での虫卵検査ではほとんど検出できません。犬条虫の寄生を確認するためには,米粒より少し大きめで糞便の表面に付着して伸びたり縮んだりしている片節と呼ばれる虫体の一部や一見ゴマのように見える乾燥した片節が肛門周囲や寝床に認められないかをご自宅で確認して下さい。
“定期的な糞便検査は基本です!”
消化管内寄生虫の駆除
消化管内寄生虫が感染している場合には,駆除が必要です。通常は,注射薬または内服薬を1回または複数回投与することで駆除できます。ただし,使用する駆虫薬の種類や投与量は寄生虫の種類や動物の状態によって異なり,中には注射でないと駆除しづらい寄生虫もいます。動物病院以外で市販されている駆虫薬の多くは回虫にしか作用がありませんのでご注意下さい。動物の一般状態が悪い場合には,寄生虫の駆除だけでなく病態を改善させるための内科的治療が必要となる場合もあります。なお,回虫のように成虫は容易に駆除が可能であっても感染初期の移行幼虫の駆除が難しい寄生虫では,幼虫が成虫になるのを待って駆虫を繰り返します。また,一部の原虫などでは駆虫しても再発を繰り返すものもあります。いずれにしても駆虫後はしばらくして再度検査(2~4週間後)を行い,虫卵や虫体の消失を確認して下さい。
駆虫後もしばらくは虫卵が排泄されるため,糞便の始末には十分注意して再感染や他の動物への感染源とならないようにご配慮お願いします
最近のフィラリア予防薬の一部の薬剤では,消化管内寄生虫の駆除効果があるものもありますが,すべての消化管内寄生虫に効果があるわけではないので,定期的な検査は必要です。
“消化管内寄生虫の種類によって駆除薬が異なります!”
消化管内寄生虫の予防
感染の予防
定期的駆虫薬の投与
春から秋にかけて定期的に飲ませるフィラリア予防薬の一部のものは,フィラリア予防効果に加えて消化管内寄生虫の駆除,さらに製品によっては外部寄生虫(ノミ・ダニ)の駆除効果があるものもあります。ただし,フィラリア予防薬で定期的に駆除できる消化管内寄生虫の種類は製品によって異なり,一部の消化管内寄生虫や原虫については効果がありません。
定期的な健康診断による糞便検査を行い,寄生虫の感染が確認された場合には,確実に駆除を行い,感染源を拡大しないようにすることが,しいては寄生虫の予防にも役立ちます。
公衆衛生上の注意
土壌からのヒトへの感染に対する注意
動物の寄生虫は,ヒトにも感染する危険が高いため注意が必要です。感染動物が糞便の排泄によって土壌を汚染した場合,土壌中の寄生虫の虫卵は温度変化や乾燥に対して強い抵抗性を示し,1年以上感染力を保持した状態で生存することもあります。
まず,自らの動物達が感染源を拡大しないようにするためにも,動物病院で定期的な糞便検査を受けると共に,普段から動物の排泄物に責任ある管理を行って頂く必要があります。最低限のマナーとして散歩中に排泄した糞便については持ち帰り,正しく処理して下さい。
糞便の始末については,焼却処分される燃えるゴミとするか,少量であればトイレに流して頂いてもよいかと思います。ただし,地域によっては下水や自宅の浄化槽に動物の屎尿を流すことが禁じられている場合もありますのでご注意下さい。穴をほって埋めたりする場合には,簡単に動物が掘り返すことができないように注意すると共に,悪臭やハエ,ウジなどの発生源にならないように十分配慮して頂く必要があります。
すべての動物の排泄物をご家族の方が,正しく処理して頂ければ,土壌の汚染は起こりません。しかし,野生動物や野良猫,さらには放し飼いの猫などでは難しい問題であり,環境中の寄生虫の感染源を淘汰することは難しい状況です。また,土壌中に潜む回虫などは時に子供を中心にヒトへの被害が懸念されています。過去に実施された幼稚園などの砂場の寄生虫卵の保有状況は極めて深刻でした。特に猫が砂場をトイレにしている事例が多いため,自由生活をしている猫に関しては,少なくとも糞便検査を定期的に行い,愛猫の糞便が感染源とならないように注意すると共に,できれば自宅あるいは自宅の敷地内でのみ排泄をさせる習慣をつけて頂きたいと思います。
また,子供の遊び場となるような砂場においては,子供達の健康を守るために野良猫や自由生活の猫の進入を防いだり,使用しないときはシートなどをかけるなどして動物のトイレにされないように配慮するなどの対策も有効な予防法です。もちろん,土遊びや砂遊びをした後は,よく手洗いを行うことを子供達に徹底させることが最も基本的で確実な予防法です。
犬条虫のヒトへ感染に対する注意
犬条虫は,その中間宿主であるノミから犬や猫に感染しますが,同様の経路でヒトにも感染します。犬や猫の体にいるノミをご家族の方が見つけた際に,捕まえて爪で潰される光景を目にします。この時,潰されたノミから飛び出した犬条虫の幼虫は,指の先や爪の間に付着して,手洗いが不十分であればヒトへ感染する危険性があります。もし,ノミを捕まえた場合には潰さずに粘着テープなどに貼り付ければそのような危険は避けられます。またノミを予防したり安全に駆除する方法(※外部寄生虫:ノミの駆除・予防参照)がありますので,詳細は動物病院でお問い合わせ下さい。
“あなたのペットはヒトにも感染する寄生虫をバラまいていませんか!”
外部寄生虫
ノミ
ノミは体長2mmほどの小さな昆虫で,その成虫はヒトや動物の体表に寄生して栄養摂取のため2~3日毎に吸血を行います。犬猫で問題となるノミには,ネコノミとイヌノミがいますが,ネコノミは宿主特異性が低く,犬に寄生しているノミも,最近ではその多くがネコノミです。また,ネコノミの被害は犬や猫のみならず,家畜やヒトへも波及しており,大きな問題になっています。
“ネコノミには要注意!”
ノミの生活環
動物に寄生するのは成虫だけで,ノミの幼虫やさなぎは環境の中で発育します。受精したメスのノミは生涯で数百個(1日に20〜50個)の卵を産卵し,その卵は環境中に落下します。卵は,13℃以上の環境では数日で孵化し,幼虫となります。幼虫は,ノミの糞や有機堆積物を食べて生活し,さなぎ(まゆを形成)を経て成虫になります。この発育サイクル(生活環)は,理想条件下では2週間あまりで,長い場合は21カ月に及ぶ場合もあります。いずれにしても室内環境ではノミは年間を通じて寄生と繁殖を繰り返すことになります。ちなみに環境中に存在するノミの卵,幼虫,さなぎの数は,成虫の20倍近くあり,ノミの成虫は全体のわずか5%に過ぎません。
ノミの感染経路
ノミの成虫は,6~12カ月間生存します。この間,常に動物の体表で生活しているわけでなく,多くの期間をその周囲の環境で過ごしています。環境中に潜んでいるノミは,ヒトや動物から発生する炭酸ガスや震動などに反応して跳び移ります。動物が集まる公園はもとより,散歩コースの環境中にはノミが潜んでいる可能性が高いといえます。自宅の庭先でさえ,野良猫や野生動物などが行き来きする環境であればノミが潜んでいるかもしれません。
ノミの病害性
動物やヒトに対するノミの被害は,吸血の刺激に伴う痛みやかゆみなどの直接的な病害性だけではありません。多量のノミが慢性的に感染すると,貧血が起こる場合もあり,特に子犬や子猫で問題となります。また,ノミの咬傷は細菌感染を引き起こしたり,貧血を引き起こす猫ヘモバルトネラ症の病原体を媒介することもあります。さらに犬猫では遅延型アレルギーで激しいかゆみと背中の脱毛を特徴とするノミアレルギー性皮膚炎を起こしたり,動物やヒトに対して犬条虫(瓜実条虫)を媒介するなど,健康上重大な問題を引き起こすこともあります。また,猫からヒトに感染することのある恐ろしい病気である「猫ひっかき病」の病原体は,ノミによって猫から猫へ伝搬されるといわれています。
ノミの駆除
ノミの寄生が確認された場合に,そのノミを駆除する方法としては,ノミ成虫駆除剤を使用する方法と昆虫成長抑制剤(IGR)と呼ばれる薬剤を使用する方法があり,さらに最近ではその両方を兼ね備えた薬剤もあります。ノミ成虫駆除剤はノミの成虫を駆除しますが,卵や幼虫およびさなぎには効果がありません。一方,昆虫成長抑制剤は,卵の孵化阻止や幼虫の発育阻止によりノミが成虫になるのを防ぎ,薬剤耐性や投与間隔の不徹底で成虫駆除が不完全となる場合などに,極めて効果的です。ただし,この昆虫成長抑制剤のみの使用では,ノミの成虫に対しては殺虫効果がないため,閉鎖環境においてもノミがいなくなるまでには時間はかかり,また外部から新たにノミ成虫が感染する場合には,効果的ではありません。
当院では,外用薬としてはノミ成虫駆除剤であるフィプロニルと昆虫成長抑制剤(IGR)である(S)-メトプレンの混合剤であるスポットタイプ(滴下式タイプ)の薬剤をご用意しています。また,内服薬としてノミとダニの駆除効果も兼ね備えたフィラリア予防薬もご用意しています。
これらのノミ成虫駆除剤を使用すると体表に付着しているノミの成虫はすぐに死滅します。しかし,ノミの寄生を見つけたときには環境内にすでに卵や幼虫あるいはさなぎが存在している可能性が高いため,数ヵ月間はノミ成虫駆除剤を使用する必要があります。また,床やカーペット,さらには部屋中のほこりを掃除機でできるだけ取り除くことは,環境中の卵や幼虫あるいはさなぎを減らす効果があります。
ノミの予防
ノミを寄せ付けないためには,外部からノミが進入しない閉鎖された環境で飼育する必要があります。しかし,そのような生活環境でさえもヒトによってノミが運ばれてくる可能性があります。実際には,散歩中はもとより,ペットホテル,トリミングルームさらには動物病院でノミをもらってしまうケースもあり,その場合は直ちにそのノミを駆除することが現実的といえます。上記に示したような動物病院で販売している持続効果のあるノミ成虫駆除剤を定期的に使用しておけば,ノミが体表に付着した時点で吸血と産卵を行う前に駆除することができます。ちなみに,ノミ成虫が産卵するのは動物に寄生して36~48時間といわれています。当院で使用しているスポットタイプのノミダニ駆除剤を1カ月以内(犬では2カ月以内)に投与されていればノミが寄生しても12~18時間後までにほぼ100%駆除することができます。
※市販のノミの忌避剤や駆除剤について
超音波ノミ取り首輪やノミの嫌う臭いでノミを寄せ付けないようにする忌避剤なども市販されているようですが,効果的な方法とはいえません。また,ペットショップやホームセンターなどで市販されているノミ駆除剤で,十分な効果が認められない場合がありますが,これはノミが薬剤耐性を獲得しているためで,特にネコノミでその傾向が強くなっています。さらに有機リンやカーバメイト系の犬用ノミ駆除剤は,中毒に注意する必要があります。なお,これらの薬剤は猫では使用すべきでありません。
マダニ
マダニは,クモ類に属する吸血性の外部寄生虫で全国的に生息が確認されています。マダニは宿主の皮膚に頭部のくちばしを突き刺して,満腹になるまで血液を吸います。この際,くちばしが簡単に抜けないようにセメント様物質で固定するため,吸血中のダニを取り除くのは容易でありません。また,吸血の際に唾液を分泌することで,さまざまな病気を媒介します。
“マダニは怖い病気の運び屋です!”
マダニの生活環
マダニのメスは死ぬ前に環境中に数千個の卵を生みます。そして卵から孵化した6本足の幼虫は,2~3週間後に8本足の若虫となり,最終的に成虫へと成長します。マダニは生涯のほとんどを草や葉の上で過ごしますが,卵以外のそれぞれの発育段階で,宿主に寄生して栄養を摂取(吸血)します。
マダニの感染経路
マダニはノミのように高く飛び跳ねたり素早く走ったりはできません。しかし,お腹をすかせた幼虫,若虫および成虫は地上や葉の上で宿主の到来を待っており,そこへ動物が近づくと炭酸ガスや振動などの刺激により素早く宿主に飛び移ったり足に付着したりします。そして,皮膚の薄いところを探して吸血を行います。
マダニの病害性
マダニは,1匹あたりの吸血量が多く,大量に寄生すると動物に貧血を起こします。また,マダニは吸血時に唾液を繰り返しはき出すため,マダニに刺された後の傷はノミの場合よりも強い炎症を引き起こします。さらにマダニは,さまざまな病気を媒介します。動物で最も問題となるのは,犬のバベシア症で地域によっては非常に多発しています。犬バベシア症は,貧血や肝障害により犬を死に至らせる恐ろしい病気で,重症例では治療は容易でありません。また,近年大きな問題となっている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、主にウイルスを保有しているマダニに咬まれることにより感染するダニ媒介感染症で犬と猫における感染例が多数報告されています。重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は,ヒトでも認められ,ヒトでは感染症法で四類感染症に位置付けられています。ヒトも犬や猫と同様にマダニに咬まれることで感染しますが,感染した犬や猫からヒトへの感染例も報告されています。重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は,犬や猫では極めて致死率が高く,ヒトでも高齢者では致死率 25%ととても恐ろしい病気です。その他にも,マダニは,ライム病,エールリッヒア症,ヘパトゾーン症,Q熱,野兎病,日本紅斑熱,ダニ媒介性脳炎など多数の深刻な病気を媒介します。
マダニの駆除
マダニの寄生が確認された場合は,ピンセットなどでくちばしが残らないようにゆっくりとマダニを取り除きます。この際,ヒトに対しても危険な病原体が含まれている可能性があるため手袋の着用をお奨めします。多数のマダニが寄生している場合には,有効な駆除剤を使用します。当院で使用している内服やスポットタイプのノミダニ駆除薬はマダニの駆除にも有効であり,48時間以内に寄生するマダニのほとんどを駆除することが可能です。
マダニの予防
マダニは山林や河原の土手などの草むらに生息している場合が多いので,マダニの生息地域ではそのような場所に動物を近づけないことが大切です。さらに,動物に寄生したマダニが幼虫や若虫の場合には,吸血後一旦その動物(宿主)から離れ,改めて次の発育ステージで別の動物に寄生します。このため,山林や河原以外でもマダニの寄生している動物が散歩したり遊んだりする公園などではマダニに感染する危険性があります。マダニ駆除効果が持続的に期待できる薬剤を定期的(一カ月に1回)に使用することにより,マダニが体表に付着してもすみやかに駆除することができます。
シラミ
犬や猫にはシラミ・ハジラミの寄生が稀に認められます。シラミは吸血しますが,ハジラミは吸血せず皮膚片を摂取します。いずれも宿主特異性が高く,動物種によって寄生しているシラミやハジラミの種類は異なり,動物のこれらの寄生虫がヒトへ感染したりすることはありません。ただし,シラミやハジラミの寄生は,その動物に皮膚炎を引き起こし,かゆみ,紅斑などが認められます。当院でシラミやハジラミの寄生している動物をみることはほとんどありませんが,多発している地域もあり,特に購入直後の動物については注意が必要です。駆除は通常のノミ成虫駆除剤で可能です。
その他
マダニ以外でも動物に対して皮膚病等を起こすダニがいくつかあります。その代表的な疾患は以下の通りです。
疥癬(ヒゼンダニ症)
疥癬は,非常に激しいかゆみを伴う寄生虫性の皮膚疾患で,初期には肘や耳の周囲に病変が出現し,激しくなると頭や全身が象の皮膚のようになります。この病気の原因は,犬では穿孔ヒゼンダニ,猫では猫小穿孔ヒゼンダニが感染することで起こります。このダニはマダニなどと異なり顕微鏡でないと見えない小さなもので,宿主の皮膚表層にトンネルを掘って寄生します。感染は,疥癬の動物との接触で起こりますが,最近疥癬にかかった野生のタヌキなどから犬に感染するケースが急増しています。疥癬の動物からヒトへの感染もしばしば認められます。診断や治療は比較的容易です。
耳疥癬(ミミヒゼンダニ症)
耳疥癬は,体長0.3mmほどの小さなミミヒゼンダニが動物の外耳道に寄生することで起こります。耳疥癬は,犬猫のみならずフェレットなどでもしばしば認められ,かゆみの強い外耳炎を引き起こします。耳疥癬の動物では,乾燥した耳垢が多量に出るのが特徴で,しきりに耳を足でかいたり,頭をふったりします。耳疥癬は,感染動物との接触により容易に感染するため,衛生管理の不十分な繁殖施設や収容施設では多くの動物が感染している場合があります。ヒトへの感染の心配はほとんどありませんが,アトピーなどがある場合には悪影響があるかもしれません。新しい犬猫あるいはフェレットなどを迎え入れる際には,耳疥癬は必ず病院でチェックを受けておくべき病気の1つです。診断や治療は容易です。
ニキビダニ症(毛包虫症,アカラス)
ニキビダニは,ヒトや動物の毛包内に寄生する体長0.2~0.3mm,体幅0.04~0.05mmの細長い形をしたダニです。このニキビダニは健常動物でも認められ,他の外部寄生虫と違って動物同士で伝搬することはありません。遺伝的な理由やその他の理由で免疫防御機能が損なわれた時に発症します。ニキビダニ症(毛包虫症,アカラス)の診断は,比較的容易ですが,治療は難しく根気が必要であると共に根治が難しいことも少なくありません。また,遺伝的な要因が疑われる場合には,それらの動物を繁殖に使用すべきではありません。
ツメダニ
ツメダニは,0.5mmくらいの透明で伝染力の強いダニで,皮膚表面に寄生します。ツメダニが寄生すると,首から背中にかけてふけが多くなります。日本ではツメダニは犬で時折認められる程度で猫では稀です。ツメダニは,ノミやマダニの駆除剤で駆除あるいは予防することが可能です。
デンタルケア
歯周病
歯周病は,歯肉炎と歯周炎を合わせた病名で,かつては歯槽膿漏と呼ばれていた病気です。歯周病は,口の中にいる歯周病原菌が,歯と歯茎の間から歯肉に入り,歯を支えている組織に炎症を起こして,最後には歯が抜けてしまう病気です。歯周病はヒトでも大変多い病気ですが,犬や猫も例外ではありません。犬や猫では,ヒトで多いむし歯(齲食症)の発生は稀ですが,歯周病に関しては,ヒトと同じかそれ以上に多いのです。
歯周病の原因と病態
歯周病の原因は,歯と歯茎の間に付着するプラーク(歯垢)です。このプラークは単なる食べかすではなく,70%以上が細菌の塊で,本来は病原性のない常在菌がほとんどを占めます。しかし,このプラークを放置することで唾液中のカルシウムなどが沈着して歯石になると共に,歯周病の原因菌が増殖するようになり,歯肉の炎症を引き起こすことになります。プラークコントロールができていない犬や猫ではプラークや歯石が徐々に増加すると共に歯茎や歯根に感染が進行し,歯肉と歯の間に歯周ポケットとよばれる溝ができます。さらに歯周病が進行すると,歯周ポケットが深くなり,歯を支えている歯槽骨が溶け,歯がぐらつきはじめます。そして最後には歯が抜け落ちてしまいます。
歯周病は,歯周囲の慢性感染症ですが,病態が進行すると,歯肉の傷から血液中に細菌が入り込むことで,全身の主要臓器の感染症に発展する危険性があります。特に血流の多い肺,心臓,肝臓,腎臓などでは,致命的な重大な病気が発生することがあり,動物の寿命を短くしてしまう要因となりかねません。
“歯周病の原因はプラーク(歯垢)と歯石です!”
歯周病の症状
歯周病の初期症状としては,プラークや歯石の付着に加えて歯肉の炎症が認められ,口臭が生じます。この時期に適切な治療を受ければ,症状はすぐに改善します。しかし,この状態を放置するとさらに歯石が増加し,歯肉炎や歯周炎が進行し,歯茎から血や膿がでるようになります。中には目の下や顎の下に膿瘍が形成され,破裂して膿が出てくることもあります。また,歯がぐらつきはじめると,硬い食事を食べにくくなったり,食欲がなくなるなどのより深刻な症状が認められます。さらに,全身への細菌感染を合併した場合には,全身的な症状が認められるようになります。
“口臭は歯周病の最も一般的な症状の1つです!”
歯周病の診断と治療
初期の歯周病は,ご家族が気づいていないことが多く,ワクチン接種時や定期健康診断時に発見されることがほとんどです。普段から歯肉の状態や歯石の付着状態などを注意して観察して頂ければ,自宅でも早期発見は可能です。歯周病と診断された動物では,程度が軽い場合には歯石除去と短期間の抗生物質の投与で治療が可能ですが,重度なものでは抜歯や長期的な治療が必要となります。
“歯周病早期診断と早期治療が重要です!”
歯周病の予防
一旦歯周病になってしまうと治療には多大な労力と費用がかかります。動物の歯周病に関しても,ヒトと同じように適切なデンタルケアによって予防することが大切です。動物の歯周病の予防も,基本的にはヒトと同じです。すなわちプラークコントロールが基本となります。理想的には,毎食後の歯磨き(ブラッシング)をしてあげることです。歯磨きはプラークと歯石に対する最も効果的な方法で,これに勝る方法はありません。当院では酵素入り歯磨きとブラシのセットをお奨めしています。歯磨きを上手に行うためには子供の時から習慣付けることが大切です。歯磨きをしている犬はそうでない犬よりも寿命が1年以上長かったとする海外の報告もあります。
歯磨きが上手くできない場合には,デンタルシートで歯垢を取り除いたり,プラークや歯石の蓄積予防効果のあるガムを与えることも有効な方法です。また,缶詰や半生フードを主食とせず,ドライフードを与えた方が歯石が蓄積し難い傾向があります。いずれにしても歯石の付着を完全に防ぐことは難しいので,定期的に動物病院で歯石除去を行うことをお奨めします。
なお,小型犬では乳歯遺残がしばしば認められますが,これを放置するとプラークや歯石がつき易くなります。このため,乳歯遺残が認められる場合には,不妊手術時または生後1歳齢時ぐらいまでに遺残した乳歯を抜歯することをお奨めしています。
“日常的なデンタルケアは動物の寿命を延ばします!”
歯周病予防のポイント
1. 毎日の歯磨き
2. 適切なガムの使用
3. ドライフードの給餌
4. 定期的な歯石除去
当院での歯石除去について
当院における歯石除去の方法は,基本的にはヒトの歯科医院で行う方法と同じです。超音波スケーラーと呼ばれる歯石除去装置を利用して歯に付着した歯石をまず除去します。超音波スケーラーによる歯石除去のみでも,歯は綺麗になり口臭もなくなります。しかし,スケーリング後の歯の表面には小さな傷が沢山付いていて,このままの状態では,またすぐにプラークや歯石が付着してしまいます。このため,歯石除去後はポリシング(歯の研磨)を行って歯の表面をツルツルにしてプラークが付きにくくすることが重要です。当院では歯石除去の際には,歯科用研磨剤を用いたポリシングも同時に行っています。これら一連の処置をきちんと行うためには,かなりの時間を要します。さらに,動物に対して,このような処置を行うためには全身麻酔が不可欠となります。歯石除去時の全身麻酔は動物にとっては眠っている間にすべての処置が行われるため,痛みや恐怖を感じなくてすみますが,全身麻酔の危険性については十分に考慮する必要があります。特に歯周病の多い高齢動物では,心臓病や慢性の内臓疾患なども多く認められるため極めて慎重な麻酔管理が必要となります。当院ではこれらの点を十分に考慮した上で,大きな手術を行う場合と同様に完全な麻酔システムや生体監視システムさらに体温維持装置など,徹底した麻酔管理を行うと共に処置後の集中管理にも心がけています。なお,麻酔をかける前には全身状態を把握するために血液検査を中心とした麻酔前検査をさせて頂きます。
当院での歯石除去には予約が必要であると共に,高齢動物や基礎疾患のある動物では処置後の安全確保のため入院が必要となることもあります。詳しくは獣医師またはスタッフにお尋ね下さい。
“定期的な歯石除去は歯周病の予防と治療に欠かせません!”